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ギャップイヤー制度を考える

7月1日付の日経で「東大が秋入学を検討」ってのがスクープされ、にわかにギャップイヤー制度発足の機運が

高まってきたわけですが、今日は暇だったのでそんなギャップいやー制度についてちょっと考えてみました。

「なんちゃってそういえば東大生(純度10%未満)」の伊藤くんですが、二年間休学して海外ボランティア中

とは、計らずともパイオニアを爆走させてもらってるわけですね。


いいえ、違います、完全に迷走しています。笑
===
そもそもギャップいやーとはなんぞやというと
高等学校からの卒業から大学への入学、あるいは大学からの卒業から大学院への進学までの期間のこと。
英語圏の大学の中には入試から入学までの期間をあえて長く設定して、その間に大学では得られない経験を
することが推奨されている。この時期にアルバイトなどをして今後の勉学のための資金を貯める人も多い
一方で、外国に渡航してワーキング・ホリデーを過ごしたり、語学留学したり、あるいはボランティア活動に
参加する人も多い。(wikipedia)

だそうで、簡単に言うと今回のギャップイヤー制度導入ってのは、
大学入学を春から秋に移しちゃって、入試(2月)から9月(入学)までの間をギャップイヤーにしちゃおう
っていうものです。

僕は大学院入学して1年前期である程度単位をとって(取れてるかはまだ確認してないけどw)
後期から2年間休学、M1・1月から協力隊に参加という方法をとってるので、厳密に言うと
っていうかぶっちゃけ全然ギャップイヤーじゃないんですが(だめやん)、「なんとな~く
大学を一旦置いといて、それとな~くぜんぜん違うことやったれ」っていう点では似てると思います。
無理矢理感は否めませんが。

===

なんとな~く大学を(日本を)ほっぽらかしてから、半年が経とうとしてるわけですが実際これは
「かなりよかったな」と印象を受ける。っていうかもう少し早く、せめて学部時代にこうやって
ほっぽらかしてみたらもっと違う大学生活になったのかなー。(死亡フラグっぽいけどw)

数点挙げていくと

・半年で少し日本を外から見れるようになった気がする。
小さい頃からぬくぬくと日本で育った身としては以前は「日本人アイデンティティー」なんて
意識することもなかったしする必要もなかった。だけどここにいるとどうしても「日本人」である
自分を意識せざるをえない。そういう中で世界と日本がちょっと相対化できるし、そしてなにより
日本が好きになる。

・鼻をポッキリとね
これは特に東大が導入する意義にも繋がるんだろうけど、とかく激戦の受験戦争を勝ち抜いて東大に
入学すると「人生何でもうまくいきまっせー」みたいなアホな思い上がりに陥りやすい。まぁ実際問題、大方
結構上手く行くんだけども。でも大学、というか教育課程みたい路から外れると、それが如何に
井の中のなんとやらだったかを思い知らされる。多分これは海外に限らず、山村ボランティアとか
被災地ボランティアとかにも言えることだろうけど、激しく上手くいかないことばかりで、
「ああ今まで見ていたのは夢でしたね。」とツケ上がった自分がセピア色に見えてくる。鼻をポキっとね。
こんな思い通りに行かない無力なことが世界の大半だと思いしることにも、意味があるんだぞ>俺

・教養・学問の大切さと限界を知る
ここにきて、あーーあのときこれに纏わる授業を聞いたのに!いや、正確には授業に出てたのに。
っていう体験が非常に多い。でもツケ上がってる時期ってのはそんなの聞いてない。得てして単位重視。
教養とか学問の大切さを分かってない。教育課程の外に出てそれに気づく。もっかい教養受けたい。
(まぁこれは言い出せばキリがなく、究極を言えば一生なんのためでもなく追い続けるのが教養であると思う。)
いっぽうでちょっとかじった開発学とかが「なんやそれ」、ってなる場面も多い。PLAとかもそれができたら
苦労しないけど、無理して敢行したらきっと人を傷つけるだろうなとか考える。本とか文献を読むのは
興味深いし簡単だけど、それはそれで限界もあるんだなぁという当然のことを実感する。

・自分と向き合う時間
自己分析的な。大学とか入学してサークル入ってバイトして飲んで飲んで卒論書いたらだいたい終わってる。
140字で収まる。そんなマッハの中で自分と向き合うとかしなかったなーって思う。一息つく期間があると
自分と向き合える気がする。二年間はあまりに一息するには長いけどw自分の強みをブチ砕かれ、
モチベーションを頑張って維持して、1のことに10の喜びを見出す日々は確実に自分と向き合わずには
いられない期間になる。それがいつの日か意味を持ちますように!(え・・・笑


===
そんな感じだろうか。
実際はいろんなところで危惧されてるとおり、「ただグダグダに過ごしかねない」「受け皿あるの?」
とか問題盛り沢山だと思う。全部真っ当。しかもその期間に語学留学なり山村留学なり出来る人ってのは
大方ほっといても結局自ら休学して実践できる人なんじゃない?っていう気もしないでもないし。
(ちなみに国立大学の休学中の学費はただ!)

でもそういう制度が触媒となって、活性化エネルギーの高い人たちを外に連れ出せる可能性は大いにある。
特に今とか日本総出で東北支援なわけだし、そういう所に制度面から若い人材を宛てがうことができるのは
重要なんじゃない(それがたとえマンパワーでも)。「知恵無くば助けない」なんて言ってる場合じゃない。
そしてそういう人が増えることが日本人の多様化に、日本社会の多様化に寄与するんじゃないかなぁ
と勝手に想像してるわけです。

==
ちなみにギャップイヤーに関わらず、教育課程をはみ出すことが社会通念的に一般化してきたら
「協力隊」ってのは間違えなく魅力的な選択肢の一つになるとおもう。
ヤマのような上手くいかない体験は精神修行になるし、日本人が苦手がちな語学も一個は身につく。
何かと不便もあるけどいい感じに安全も保証されてるし、なによりも国内積立金は帰ってからの
学費に当てることができる。

帰ったときの就職難さえクリア出来ればかなり良いプログラムだと思う。
(ただ学生が外に出ても戦力になるのはかなり難しいってのが印象。18の自分(6年前ワロスw)に
このストレスが耐えれたかといえば?だし、税金を使っての国際協力として有益かどうかという点には
ぬおおおおって感じである。まぁそれはおいおい「最初戦力外学生でも頑張ってここまで行けました」
ってのを自分の活動で示せればイイね。)



そんな事を考えるビールが旨い日曜日の夜。

さぁ来週は気合入れて頑張ろう!


===

この記事を書くに当たりこんなページを読みました。
東大、秋入学への移行検討 国際化を加速 (日経新聞)
茂木健一郎 クオリア日記
”Jギャップ(日本版ギャップイヤー)は社会変革のイニシャル!”
東京大学が秋学期入学(ギャップ・イヤー)の導入に向けた検討を開始
東大、秋入学に移行検討(togetter)
松本龍復興相が宮城県知事にブチギレ! 「今のはオフレコ。書いたらその社は終わり」と言うも東北放送が報じる
wikipedia

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shogooon

Author:shogooon
青年海外協力隊村落隊員として11年1月よりエルサルバドルで活動中。東京大学農学系大学院を休学。貝養殖という未知と地域開発という漠然の間で、日々自分の無力さを嘆きながら迷走中。

マニラのスラムにホームステイしたり、インドの無電化村行ったり、限界集落で卒論書いたり、エルサルバドルで貝養殖したり。

ユルく楽しく生きる中に洗練された深さを見出したい。


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