思った事を書く,書きたい事を書く。それがきっと将来の価値になる。2011年1月~2013年1月まで青年海外協力隊としてエルサルバドルで活動中!

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世界から元気を届けるメッセージプロジェクト

_DSC3351.jpg

日本では震災から一ヶ月。ニュースを追う限り未だにひどく余震が残っているようだし、原発も相当やばい

ことが伝わってくる。あの日を境に日本が一気に変わってしまったと思うと、なんとも表現しがたい気持ちになる。

==

この一大事に海外でボランティアしてる場合なのか!?っていう思いを多くの隊員が抱えてる中、

海外にいても日本に対して何かできるんじゃないか?ってことでJICAボランティア有志で考えを

出し合った結果出てきたのがこのメッセージプロジェクトだった。
===
活動先の人にメッセージを考えてもらって、それを紙に書いてもらって写真に撮る。
その写真をPicasaやFacebookなどをはじめとするweb媒体に集めたり、落ち着いた後に被災地に
届けようというのが、このプロジェクト。至ってシンプル簡単である。

縁があってエルサルバドルの取りまとめをさせてもらってるけど、多くの隊員が協力してくれて
多くの写真が集まってきてる。本当に協力してくれた隊員にも、そしてこのエルサルバドルの
地の人にも感謝です。

そんな僕も、今のところ一番良くしてもらってるコミュニティの方々にお願いしてもらって
参加してもらった。彼女たちは、地震が起きたあとコミュニティに行ったときに、本当に親身になって
日本の状況とか津波のこととかを心配してくれた。もちろん自分の家族や友人も。

===

まずは趣旨説明。
軽く「地震のあった日本にメッセージを!」みたいなノリはなんか違うかなーと思い
結構頑張って背景とかの説明を。結構苦戦したものの、なんとか伝わってよかった。

_DSC3316.jpg

次にお母さんに文章を考えてもらう。
あーでもないこーでもない、養殖場の援助の件は書くべきか、とか色々考えながら書いてくれた。
そりゃそうだよなー、、日々貝拾って生きている人にいきなり日本にメッセージをとか言っても
パッとイメージが湧くもんじゃないだろう。難しい。

メッセージができたところで、字が書ける娘さんにバトンタッチ!

_DSC3319_20110412123850.jpg

アルファベットを縦に書き進むテクニシャン!
_DSC3320.jpg

見守る図を三脚で撮ってけどぎこちなすぎて、もうなんていうか・・・。
自分が一番カメラ慣れしてない人みたいじゃーー。

_DSC3351.jpg

文字が小さかったり、原稿から字抜かしたりと紆余曲折を経ながら、なんとか完成!
みんなで写真に写ってもらいました。本当にありがとーー!(感激)

ちなみに
"Estimados amigos de Japón. En nonbre del grupo solidario de la comunidad El Tular.
Les mandamos nuestras sentidas condolencias por losucedido el 11 de marzo de 2011"
というメッセージを頂きました。(気持ちを大事にしたく、原文そのまま)
自分なんかが訳しては本当に彼女たちのメッセージを反映出来てるか分からず心苦しいのですが、
少しでも多くの方にこのメッセージを読んでもらいたいので、簡単に訳してみると、
「親愛なる日本の仲間たちへ。私たちはEl Tularという名のコミュニティです。
 日本の皆様に、3.11に対するお悔やみの気持ちをお送りまします。」
こんなかんじでしょうか。うーーーん。やっぱり翻訳なんて納得いかない!!


でもほんとうにありがとうございます!
少しでも彼女たちの気持ちが日本に届きますように!

がんばれ日本!

==

少しだけこのプロジェクトに自分が賛同した経緯など補足させてもらう。
現在このプロジェクトをマネージメントしてるのは僕の同期の村落隊員である。赴任3ヶ月というこの時期に
これだけ大きなアクションを起こせるのもすごいことだけど、もっとも自分がスゲーー!って
思ったのは彼の地元も被災していたという事実だった。

多分各々の協力隊員に、地震が起きたあの日3月11日に「日本にとりあえず帰る」っていう選択肢も
あったと思う。実際にこの選択肢を取っている方も何人かいらっしゃり、「決断力」あるなーって感じた。
でも一方で「任地に残る」という選択もまた「戻る」に勝るとも劣らない勇敢な決断だと感じる。
「どの正義が勝ってるか」とかそういう議論はしたくないが、あらかた身の回りの安否確認ができたから
「今」「ここで」出来ることを「残って」やろうっていうのは、多分相当の精神力と忍耐力がないと
できない決断だと思う。もし東海大震災が・・・って考えたとき多分今の自分じゃ、できない。


だからこそ、僕はこのプロジェクトに協力したかった。

今日本ではこの御時世のODAの意義に関しても、議論され始めてるという。自分の立場でこんなこと公言して
良いのかどうかは分からないけど(まずかったらどうしよう・・・)、それもある種当然の流れだと思う。
「ODAがあったからこそ震災でも多くの国が援助してくれて・・・」みたいな話もあるし、たしかに
そうなのかもしれないが、それをODA擁護論に使うのは些か議論がズレてる気もしなくない。

一方協力隊が本当に「海外のために」なってるのか?と問われれば、自分の活動に関してはまだ自信を
持って[Yes]とはいえない現状がある。3ヶ月で少しずつでも自分の中で何かが磨かれてるような気は
するが、未だに「国際協力」みたいなものではない気がする。
(そういう意味で、協力隊事業を一部外務省管轄から外して文科省管轄にぶち込むってのはありだと思う。
2年間途上国で奮闘し続ければ何かしら異色の成長を遂げ日本に対するバックだってそれなりにあるのではないだろうか。
というか、そう信じたい。一種の放置教育プログラム化するという案。)



それでも、世界中に散らばった協力隊員が震災に瀕してそれぞれに悩みながら、苦しい決断もしながら
「自分の活動する国と母国日本を結ぶことで、少しでも日本を応援できないか」
と考え、活動していることを少しでも多くの方に知ってもらえればなー、と思う。

「思い」じゃ屁の突っ張りにもならんですよ、といえばそれまでだけど、きっとこういう思いの積み重ねが
それぞれの二年後に日本への貢献という形で結実するんじゃないかと、今は信じてます。

====
補足、、、重っ!!なんじゃこれ!ww

そんなこんなで最後にみんなでメッセージを囲んで一枚・・・

_DSC3352.jpg


ってもう皆集中力切れてほうぼう向いとるやないかーい!
自分だけしっかり笑顔で写ってるーーー!w


そんなこんなです。


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shogooon

Author:shogooon
青年海外協力隊村落隊員として11年1月よりエルサルバドルで活動中。東京大学農学系大学院を休学。貝養殖という未知と地域開発という漠然の間で、日々自分の無力さを嘆きながら迷走中。

マニラのスラムにホームステイしたり、インドの無電化村行ったり、限界集落で卒論書いたり、エルサルバドルで貝養殖したり。

ユルく楽しく生きる中に洗練された深さを見出したい。


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