思った事を書く,書きたい事を書く。それがきっと将来の価値になる。2011年1月~2013年1月まで青年海外協力隊としてエルサルバドルで活動中!

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日本人は現地化できるのか

現地時間23日11時30分


語学訓練も一週間目を無事?終え、クタクタになった頭と使い果たした体力を回復させるために

土日はしっかりゆくりと時間をとって休んでます。一週間を終えてみて、やっぱり疲れてくると

全然口から出てこないスペイン語に悩まされる。水曜日くらいがスペイン語はピークだったなぁ。

来週はまたリセットして頑張らねばと思います。

===========

さて、そんなボロ雑巾のような姿で週末を迎えると、週末はちょっと散財していいもの食べて

いいもの飲んで、挙句の果てにはディスコテカ(日本のクラブみたいな?そんないいとこじゃないけど)

にもいって、なんとも優雅な?週末を過ごしてしまった。


でもちょっと立ち止まって考えてみて、ほんとにこれでよかったんだっけ?って自分に問うてみる。


ほんとにこれでよかったんだっけ?
========

そもそも自分が協力隊として所謂「途上国」で二年間生活しようと思った最大の理由は
人類の何処かにあるはずの、「豊かさ」(それはお金とかそういう経済的な指標では計り得ないモノ)
の実現を途上国に見いだせるのではないかと考えたからで、見出すためにはまず一にも二にも
現地の「リアリティー」を理解し、現地の視点を手に入れてから次に進みたいと考えたからだった。
そしてそのなかで現地のためになる活動を少しでも出来ればと考えたからだった。

でも実際には一週間目から、それもそもそも生きていくための基本である「語学」に疲れ果てて、週末は
「週末だから」という理由で、外国人観光客向けのお店で羽をのばすことに精を出している自分がいた。
まだ実際に任地に着いて活動が始まってるわけではないし、ここスチトトは観光地だから週末くらいは
しゃーないかーなんて甘えてる自分もいる。エルサルバドルの観光地の実態を知るため、なんていう適当な
言い訳をつけることだってできる。

(この街スチトトには外国人観光客向けのレストランが、アメリカ人やドイツ人経営者によって
経営されている。普段の食事は3ドルくらいで食えるけど、これらのレストランに行くと、
日本でも出てきそうな食い物+ビール+ワイン+デザートとコーヒで20ドルくらい)


=======
そんな時に、ふと思い出すのがもう3年半前になるけど、フィリピンの先住民である「アエタ族」の村で
ホームステイをさせてもらたときに、フリーランスでやってるJICAの元専門家の方が言っていた言葉である。

「週末は別で考えてる。多少の贅沢はつきもの。どうしたって日本人はフィリピン人にはなれない。
 そのバランスを取らなければこの仕事は続けられない」

その時どうもこの言葉を素直に飲み込めず、どこか違和感を覚えた自分がいた。
ずっとこの違和感を忘れてたけど、ここにきて自分の週末を振り返って、改めて思い出した。
あのときから3年半の間に色々な人と出会った。師達からいろいろな話を聞いて、あの「違和感」を
いま改めて噛み締めてみると、言葉にできる気がする。多分それは

生き方と働き方の不一致

なんじゃないかと。

自分に対する一貫性の欠如

ここに起因してるんじゃないだろうか。
僕が自分に嘘をつかない、己に克つ努力をすることって結局この一貫性を大事にしたいっていう
気持ちに根ざしてるんじゃないかなーって最近思うようになった。

===

だからこそ、現地を知り現地のために働こうとしてる自分は、もっと現地に「生活」から根ざさなければ
っておもうし、その努力をしなかったらカッコ悪いし、なによりも説得力がない。自分に対しても、
現地の人に対しても、そして事業主である日本国民に対しても。

=======

でも自己擁護するわけではないが、その一方でストレス発散も同時に必要に感じる。
何をどう頑張っても、いきなり(というよりはいつまでたっても)サルバドル人にはなれないし
いかに近づいたところで僕は日本人である。(いまのところ)

一貫性を大事にしすぎて、仕事の、学習の、コミュニケーションのパフォーマンスが落ちては、
元も子もないどころかただの馬鹿である。

日本ならともかく、なれない海外でどう自己マネージメントをするのか

これも同時に大切な課題。

======
未だに見えないこのバランス感覚を、パフォーマンスが落ちないギリギリのところで取れるように
早く見つけないといけないよなー。

そして羽をのばすときも「自分への罪悪感」を忘れちゃならんなってのを強く思う。
多分これが自分の初心であり、原点でもあるところだから。

======

先週ツイッターで日本の友達がつぶやいてた詩を最後に引用する。

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

*

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

*

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
*
初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

*

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

*

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ」


(出典:「自分の感受性くらい」茨木のり子



さぁ来週も頑張ろう!
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コメント
わかります、その気持ち
週末に外国人向けのお店に行きたくなる気持ちはよくわかります。
私は大学院生なのですが、ラオスで研究プロジェクトをやっているので現地に1ヶ月程度滞在します。
その時でも一週間に一度は、観光客向けのマッサージ店に通ってました。
やはり、自分に対して何らかのご褒美は必要だと思うし、そもそも現地人になることってそんなに大切なのかなぁとさえ感じました。
最も大切な事は、現地の人と心を通わせ、信頼してお互いに意思疎通ができる関係を作ることじゃないかなぁと思います。
同じ生活レベルを実現することとは等価ではないと思うので。もし、それを実現するんだったら2年や3年では無理な気もしますし。

今後、JOCVは挑戦してみたいと考えています。
序盤から素敵な経験をされていますね。
今後のご活躍を楽しみにしています。

長文失礼しました。
2011/01/24(月) 04:36 | URL | ぱいんあめ #mQop/nM.[ 編集]
No title
自分が優雅と思ってしまう、息抜きにもなる生活を避けようとするのは一体何のため?誰のため?自己満足?息抜きしなければ現地の人たちと対等になれるの?リアリティってのわかるの?罪悪感を感じる自分に酔ってない?あんまり無理しない方がいいよ。正直になりなよ。
大事なのは自己満足じゃなくて、自分が相手にする人たちを満足させることだよ。パフォーマンスの最大化を目標にしたとき、何が一番いい手段なのか考えたらいいよ。
2011/01/24(月) 12:41 | URL | fat #-[ 編集]
Re: わかります、その気持ち
ぱいんあめ様

「最も大切な事は、現地の人と心を通わせ、信頼してお互いに意思疎通ができる関係を作ること」
これにすごく共感いたしました。
たしかに二年や三年で現地人化できるわけないんですよね。
でもその努力すら捨ててしまっては、「協力隊」としてやる意味がなくなってしまうのではないか
と最近では思ったりしてます。協力隊として、それも村落開発普及員として二年間派遣される
意義はいかに現地の人と同じ目線で物を見て、日本での見識と工夫を織りまぜて「改善」できるか
というところにあると思うからです。一番上にあるぱいんあめ様の言葉に、どのような方法で
近づいていくかっていうのを今後も模索していきたいと思います。

僕も修士休学できてるの、論文の大変さとかは想像できます。。
がんばってくださいね^^
2011/01/25(火) 22:26 | URL | shooogo #-[ 編集]
Re: No title
fat様

コメントありがとうございます。
協力隊事業の一番難しいところは、この派遣が相手の満足を最大限に引き出すためなのかどうか
っていう所にあると僕は考えてます。もしそうであれば、そもそも僕のような若造よりも
もっと多くの専門家を派遣すればいい気もしますし。
(もちろん相手のためのパフォーマンス最大化は必須なのですが)

そう考えると「日本でもできる生活」をこっちでしてしまえば、この事業の意義が半減する気が
しているのです。たしかにリアリティを完全理解するなんていうのは傲慢ですが、その努力を
怠ってはいけないんじゃないかと。罪悪感は、理解しようとする努力を怠った自分が故にです。
相手の満足度へのパフォーマンスと現地人化への努力は必ずしも負の相関にあるとは思えませんし
むしろ、ある程度はこれは正の相関を持ってるのではないかとすら思ってます。今のところは。。
そういった現地人化への努力とパフォーマンスの最適化を目指す姿勢を二年後に日本に持ち帰ることも
JOCV事業のそして自分にとっての意義になるのではないかと最近は考えて活動しようとおもってます。

なによりも、「正直」なところ、僕が一番やりたいのは「知る」事であってその意味で
贅沢は自分への甘えだと考えています。

正直、結構自分にとって痛く考えさせられるご指摘だったので、ちょっとマジレスになりました。
今後も見守ってくだされば幸いです。ありがとうございました。



> 自分が優雅と思ってしまう、息抜きにもなる生活を避けようとするのは一体何のため?誰のため?自己満足?息抜きしなければ現地の人たちと対等になれるの?リアリティってのわかるの?罪悪感を感じる自分に酔ってない?あんまり無理しない方がいいよ。正直になりなよ。
> 大事なのは自己満足じゃなくて、自分が相手にする人たちを満足させることだよ。パフォーマンスの最大化を目標にしたとき、何が一番いい手段なのか考えたらいいよ。
2011/01/25(火) 22:39 | URL | shooogo #-[ 編集]
No title
煽りの文面に真摯にお答えいただき有難うございました。反省して私もマジレスします。私も以前
協力隊で村落開発普及員でした。自分で言うのも何ですが、割と真面目な方だったと思いますw
私が活動中悩んでいたことは、自分が勝手に作る村落開発普及員かくあるべき、という像に実態が
あまりともなっていなかったことで、その点はまさに伊藤さんのおっしゃる自分に対する一貫性の
欠如とも言える点です。そうした時、やはり悩みますよね。こうしたらいいと信じているものと
乖離している現状を素直に受け入れられないから、現実の過ごし方、やり方が間違っていると考え
込んでしまいます。

でもそもそもそうしたあるべき理想像(それは往々にして到達目標だけではなく、到達に至る手段
に対してまでもかくあるべきという信念を持ってしまいますが)を持つことで自分の生活や周りの
生活を豊かに(金銭的な意味だけでなく)していけたかと言えば必ずしもそうでもありませんでした。
むしろ自分だけが勝手に苦しむばかり。これがいい、あれがいいなんてのは自分の頭の中だけで
決めてたもので、全てが相手にする住民と一緒に考えたものでもなかったわけで、そうしたところで
ああでもない、こうでもない悩みすぎてしまうのは必ずしもいいことばかりではないです。

例えば「知る」を目標にしたとき、自分が贅沢をしないことは本当に手段として適切ですか?
村人は確かに隣人の活動をよく知っているので、ああ、あいつは今日遊びにいったなってわかられ
てしまうかもしれません。あいつは遊ぶお金をもっているんだって思われるかもしれません。でも
そもそも住民はあなたが困ったら使えるお金を持っていて、いざとなったら生活の選択をできるこ
とをあなたが何しようと知っているでしょう。その場合、例え贅沢しようとぜずとも、相手の反応は
あまり変化ないかもしれません。
逆に、自分が心の底では欲求している贅沢を回避し続けて、ストイックな生活を続けているとその
うち心身に支障がきたし、だんだんと周りが見えなくなってくるかもしれません。私はそれを危惧
しています。欲求を持つのは自然なことで、それを否定しすぎると余裕がなくなってくるし、住民
が自然に出してくる欲求にも苛立ちを覚えてしまうことがあるかもしれません。俺はこんなに禁欲
しているのに!みたいな。そういうのは、住民にとっては、ハァ?です。

人間は本来欲深いんだと思います。だから発展がある。満足な生活をしてない人で、あきらめてし
まった人は欲をあまり表面にださないですけど、あきらめてない人はとことん機会を利用して欲を
あらわにしてきます。欲って、抑制するよりも表面に出したほうが、人を理解するのに大事だった
りするし、現状を変える原動力でもあるんですよ。異国で自分の欲を前面に出すのは多少気がひけま
すが、罪悪感感じながら同じことやるくらいなら、罪悪感なんてのはあまり役に立たないので、捨て
ちゃっていいと思います。また上に書いたことの繰り返しになりますが、罪悪感感じで生活を改めた
としても、目的を達成する手段として適切かどうかはよく考えたほうがいいです。

私の趣旨はもっと遊びなさいということではないです。いろいろよく考えていて、ぜひ、全身で感じ
る2年間を大事にしていただきたいと切に願っています。協力隊についてもそのスキームで派遣されて
いるので感じやすいかもしれませんが、協力隊のためにとか協力隊はどうだからとか関係なく、ぜひ、
ご自身がいいと思う生活を堪能してください。そして悩みすぎず、悩んでくださいw

最後になりますが、伊藤さんが目指している方向性を基本的に応援しています。いつか同じ舞台でお仕
事できること楽しみにしております。
2011/01/26(水) 12:03 | URL | fat #-[ 編集]
Re: No title
fat様

協力隊の先輩でしたか!ありがとうございます。
あくまで今の考えを綴っただけなので、おそらく活動していく中でいろいろ考えは形を変え
そのなかでまたきっとfat様の言葉を思い出すのではないかなぁと今漠然とですが思ってます。
おそらく「全身で感じる」中でそういった変化が起きることが未来の自分にとっての価値になる
んじゃないかとも思うので、常に軸は持ちつつ柔軟に構えていきたいと思います。

ぼくもいつかfatさんと同じステージに立ってお話できることを楽しみにしております。
ありがとうございました!
2011/01/27(木) 13:00 | URL | shooogo #-[ 編集]
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プロフィール

shogooon

Author:shogooon
青年海外協力隊村落隊員として11年1月よりエルサルバドルで活動中。東京大学農学系大学院を休学。貝養殖という未知と地域開発という漠然の間で、日々自分の無力さを嘆きながら迷走中。

マニラのスラムにホームステイしたり、インドの無電化村行ったり、限界集落で卒論書いたり、エルサルバドルで貝養殖したり。

ユルく楽しく生きる中に洗練された深さを見出したい。


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