思った事を書く,書きたい事を書く。それがきっと将来の価値になる。2011年1月~2013年1月まで青年海外協力隊としてエルサルバドルで活動中!

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シンプル化する技術

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「シンプルに生きる」

これが最近自分にはあまり足りてなくて、いまいちブルーから抜けきらない原因なのかもなー

とか思いながら、最近はなるべく自分を「シンプル」にしていくことを目標に生きてます。

多分世の中は自分が複雑だと思ってることほどシンプルで、シンプルと思ってることこそ

実は複雑だったりもするから。
他の人はどうなのか,っていうのも興味深いけど少なくとも自分は、どんどんモノゴトを
複雑化してしまう人間らしいっていうことに、これもまた最近気がついた。とくにあーでもない
こーでもないと悩んでる時期や、今みたいにタスクが立て込んでとてもじゃないけどブログなんて
書いてる場合じゃない時期(おいおい)にこういう複雑化する傾向が見えやすい。

情報として捉えたものに、ウニョウニョとした謎の思考を絡め、あーだこーだと批判してみたり
普通の悩み事に対して、過去-現在-未来的な時間的な要素を絡めてより問題を厄介にしたり
挙句の果てにこういう時ほど、注意力散慢で中途半端な情報のピースを整理もせずにいっぱい持っていたり。

最近ちょっとこんな感じの日が続いててきつかった。
コンだけ致死量のレポート・発表料があればまぁそれも当然でw
しかもそれにプラスしてツイッターのTLをみて止めどなく入ってくる情報に溺れてたっていうのもあった。
(我慢しろよって話ですがw)

KJ法的に自分の頭の中をカテゴライズ→整理していくものの、何しろ絶対量が多すぎてそして
情報自体が不完全すぎて、ほとんど整理にならない、そして自分の意思決定にもつながらない。
そんな状況だから、なにを(どこを)思考という刀で切っていいかもわからず、ただただイライラしたり
ぐわぁぁぁぁぁーーーーーと叫びたくなったりしてた。
そしてよく考えると、これが日常から鮮やかさを奪う最大の原因にもつながってる気がしてる。

============

だからこそ「シンプルになる重要性」って出てくるんじゃないだろうか。
カテゴライズとかするんじゃないくて、自分が扱える量に情報自体を絞る。
思考の刀で切る場所さえ見えれば、日常に鮮やかささえ戻れば、あとはなんとでもなる気がする。
結局シンプルに生きるってことは明確な価値観を持つってことにニアリーイコール。
自分の切る部分がわかってる人っていうのは、話していて清々しくて、そしてカッコいい。
そういう中で今回はシンプルになるためには、ある程度技術がいるんじゃないかと思いメソッドに落としてみた。


「シンプルになる技術」=「捨てる覚悟」と「動く覚悟」と「認める努力」

(※シンプルにするっていうのは、ある一点集中型の目標があるときに有効。
漫然と行きたい時(=OFF)のときには使う必要はなさそう。むしろOFF→ONの切り替えをするときには
かなり有効かもしれないです)

①コアを見つける。自分の中での重要度をはっきりさせて、切るものを容赦なく切る。

もちろんcoreが見つからないからこそ、複雑化してる場合もある。
だけど実は圧倒的にそうじゃないことって多くあるような気がしている。
そうじゃなくても少なくとも自分の場合は、複雑なときほど「やりたい事」ってなんだっけ?
っていう問を問い続けて複雑化している気がする。だから、「やりたい事」から離れているもの
を見つけたらそこをしっかり切っていくことが大事だなーっておもった。

もちろん切るのは勇気がいるし、恥もかくし、ひたれるほどの申し訳なさに直面する。
今回は自分が発起したプロジェクトで少し宣伝もしてたもの、そしてなにより協働者も見つけたもの
を結局最終的に切らせてもらった。今でも本当に申し訳ないと思ってるし、明らかに借り1。
だけどそれでもその選択を認めてくれた協働車の方々に改めてここで感謝したいです。ありがとう。
(ついでにレポートも結構切った。興味ないものに時間を費やすのがあまりに不毛で。。なんとか単位に
なりますよーに)

②迷う暇を惜しんでのアクション

ある程度切るものを切ったら次はどんどん動いていくこと。
悩んでる時間は1秒たりとも惜しいと思えるくらいにアクションを起こすこと、だと思う。
先延ばしにしても、キャンセルしようとしても、自分の中で優先順位の高い問題とはいずれ
向かいあわなきゃいけない。(だって優先順位が高いんだもん)

だったら悩むなよアホ臭い。

優先順位高いものを達成するためのアプローチをひたすら打っていく。
人と会う、そのためにまずはメールを送ってみる、本を読む、などなど。

ここで迷ってる時間ほど、悩んでる時間ほどアホ臭いものはない。
それこそが本当の非採算的状況である。

③結果を認め受け入れる

シンプル化して問題解決を図ったことの結果を認め、受け入れる努力をすること。
第一に「明確な目標達成」のためのシンプル化をしてるわけだから、切り落とす部分が出てくる。
何をどうして切り落としたかを、メモ程度に自分の頭の中にとどめとくのは、次のステップに移行する
ときに有効策として働く気がする。
第二にシンプル化はOFF→ONの時に使うものだから、いままでがんじがらめになって出来なかった
actionを確実に伴う。actionすればいままでとは違う状態に自分が到達する。良くか悪くかは不明。
その結果をしっかり受け入れること。すなわち変わることを恐れないこと。これは結構重要。


あとは付随的に良質シンプル化を目指すなら

①外に出ろ、日光を浴びろ
多分人間の体の都合上、日光を浴びないと思考回路がおかしな方向に行きやすい。
びたみんDだかなんだかの作用でね。良い思考土壌を創ることが良いシンプル化につながる。

②自分が扱える情報量を把握して適宜遮断
今回ほんとtwitter怖いなーって思った。見てるだけで情報が大量に入ってくる。
あんな量の情報を扱えるわけがないのに、情報が次々と湧いてくる。頭の中がこんがらがってる時に
ツイッターを見ると間違いなくさらにこんがらがって複雑化します。ダメ絶対。

ってかんじかなー。

=======
個人的にはだいぶレポート系のタスクも片付いてきたし、バイトも辞めつつあるし
かなり自分自身をシンプル化できてる気がする。これは協力隊とこうっていう明確な目標にむけてね。

そういう意味ではこっからの、バリューマネージメントインターン→海士渡航はかなり
シンプルな自分と向き合った結果な気がする。特に海士渡航は久々に大自然の中で(?)
自分と向かい合いさらなるシンプル化、そして次の境地を目指してこようと思います。


多分究極にシンプル化された状態が出家なんだろうなー。


まぁ出家はしないけど、たまにはシンプル化、大事だねっていうおはなしでした。
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shogooon

Author:shogooon
青年海外協力隊村落隊員として11年1月よりエルサルバドルで活動中。東京大学農学系大学院を休学。貝養殖という未知と地域開発という漠然の間で、日々自分の無力さを嘆きながら迷走中。

マニラのスラムにホームステイしたり、インドの無電化村行ったり、限界集落で卒論書いたり、エルサルバドルで貝養殖したり。

ユルく楽しく生きる中に洗練された深さを見出したい。


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