思った事を書く,書きたい事を書く。それがきっと将来の価値になる。2011年1月~2013年1月まで青年海外協力隊としてエルサルバドルで活動中!

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生の声と記憶と思い出と

帰国からまだ3日しかたっていないのに、凄まじいスピードで生の声が記憶に、そして思い出に

変換されているのを感じる。写真を見直せばまだ余裕でその時の空気とか、気持ちとかを

鮮明に思い出すことができるけど、それも「生に近いもの」であって「生」ではないのだろうな―

って考えるとちょっとさびしくなる。まぁもちろん仕方がない事なんだろうけど。



↓↓
誰かが記憶と思い出の違いは「自由に引き出せるか引き出せないか」だ、という事を言っていた。
なかなか的を射ていると思う。記憶は自由には引き出せないものであり、思い出は自由に
引き出せるもの。

もっといえば「記憶」ってのは生の声をresizeしたものであり、メモリにアーカイブされている。
何かの拍子にたまにふと思い出すことができるけど、きっかけなしには自由に引き出すことはできない。

一方「思い出」は「記憶」をさらにバイアスをかけながらresizeしたものであり、
楽しかったり苦しかったりと自分用に編集されている部分が多いけど自由に引き出すことができる。

こんな差なんじゃないかなーって思う。
まぁもちろん境界なんて曖昧なんだろうけど。
できればこんな非日常的な体験くらいリサイズせずに生のまま残しといてくれよ・・・
って脳味噌に訴えたくなるけどそれがかなわないんだから受け入れるしかないよねー。

それでもきっといつになっても
村を歩いてたら豪雨に襲われて川のようになった道を、村人と歩いた時の空気とか
調査を終えて夜車を待つ時に見た、満天の星空と流れ星を見た時の不思議な一体感とか
最後の村で、インド人vs日本人でカバディをして、さらに天の川をバックに村の伝統的な歌を
聞いた時の感動とか
フマユーン廟の中に入った時に感じた、あの荘厳な雰囲気とか
タージマハルの大きさと、亡き妻のためにあれを建てちゃうかーっていう興奮とか
インドからmixiで先輩の日記を読んだ時に感じた日本のヌルさとか
最後の夜にメンバーからもらったサプライズプレゼントとか
ガイドとそしてインドとお別れする時に流した涙と切なさと寂しさとか


こういうのはずーーーっと自分の中に残っていくんだろうなーって感じる。
たぶんリサイズされまくったバイアスのかかった思い出としての形だけどそれはそれで嬉しい。貴重。

大崎善夫は「人間は記憶の集合体」っていう表現を使っていたけど
インド旅行だけじゃなくて人生の節目節目で抱いた感情とか
もうはるか昔の事になってしまった恋とか
ふとした日常の、だけど記憶に残る風景とか
そういうのって意外と大事なんじゃないかな―って最近思ってる。

大事は大事なんだけど、
愚かな懐古趣味者としてそれに囚われるのではなく、
冷徹な現実主義者としてそれを蔑ろにするでもなく、
次の瞬間を生きるモチベーションとして記憶と思い出を昇華して使っていける人間になりたい。

久々に研究室で落ち着いた一日を過ごして、ちょっといろいろ思う秋の一日◎



**********


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はやくmixi日記板を書きたいと思うのに、今回はなぜかなかなか書けないなー疲れてるからかな?
このまま書けなかったらちょっとやだな―
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shogooon

Author:shogooon
青年海外協力隊村落隊員として11年1月よりエルサルバドルで活動中。東京大学農学系大学院を休学。貝養殖という未知と地域開発という漠然の間で、日々自分の無力さを嘆きながら迷走中。

マニラのスラムにホームステイしたり、インドの無電化村行ったり、限界集落で卒論書いたり、エルサルバドルで貝養殖したり。

ユルく楽しく生きる中に洗練された深さを見出したい。


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